大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)645号 判決 1976年3月26日
大阪市平野区長吉出戸町五丁目一の五七
原告
田島栄吉
右訴訟代理人弁護士
佐々木猛也
同
香川公一
同
服部素明
同
三上孝孜
同
太田隆徳
同
川浪満和
同
柴山正美
同
石橋一晃
同
林伸豪
同
吉岡良治
大阪市阿倍野区三明町二丁目一〇の二八
被告
阿倍野税務署長
後藤兼道
大阪市東区大手前之町
被告
大阪国税局長
徳田博美
右被告両名指定代理人
大蔵事務官
西本秋男
同
宮崎正夫
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
稲葉修
右被告三名訴訟代理人弁護士
田浦清
同指定代理人検事
岡準三
同訟務専門職
中山昭造
同大蔵事務官
安久武志
主文
一、被告阿倍野税務署長が昭和四一年七月にした、原告の昭和四〇年分所得税の総所得金額を八〇六、六六五円とする更正のうち、六四六、二二一円を超える部分を取消す。
二、原告の被告阿倍野税務署長に対するその余の請求および被告大阪国税局長、同国に対する請求はいずれも棄却する。
三、訴訟費用は、原告と被告阿倍野税務署長との間においては原告に生じた費用の二分の一を同被告の、その余を各自の負担とし、原告と被告大阪国税局長、同国との間においては全部原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1 被告阿倍野税務署長が昭和四一年七月二七日付でした、原告の昭和四〇年分所得税の総所得金額を八〇六、六六五円とする更正のうち、五二〇、〇〇〇円を超える部分を取消す。
2 被告大阪国税局長が昭和四三年四月一六日付で、前項の更正に対する原告の審査請求を棄却した裁決を取消す。
3 被告国は原告に対し、五〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四三年一一月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 第三項について仮執行の宣言
二、請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 請求の趣旨第三項について、仮執行の宣言が附される場合には、担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二、当事者の主張
一、請求原因
1 原告は縫製加工業を営む者であつて、東住吉区内の零細商工業者が自らの生活と営業を守ることを目的として組織した東住吉商工会並びにこれら大阪府下の各商工会が結集した大阪商工団体連合会の会員であるが、昭和四一年三月一一日、被告阿倍野税務署長(以下、被告署長という)に対し、昭和四〇年分の所得税につき総所得金額を五二〇、〇〇〇円、所得税額を零として白色申告書による確定申告をしたところ、被告署長は同年七月二七日、総所得金額を八〇六、六六五円とする更正(以下本件更正という)並びに過少申告加算税二、〇五〇円を賦課する決定をし、同月二八日原告に通知した。
2 そこで、原告は同年八月二六日、右処分につき被告署長に対し異議申立てをしたが、同署長は同年一一月一七日、これを棄却するとの決定をし、同月一八日原告に通知したので、原告は昭和四一年一二月八日、被告大阪国税局長(以下、被告局長という)に対して審査請求をしたところ、同局長は昭和四三年四月一六日これを棄却するとの裁決(以下本件裁決という)をし、同月一七日原告に通知した。
3 被告署長のした本件更正処分には、次の違法がある。
(一) 本件更正通知書には、理由として国税通則法第二四条の規定によると記載されているのみで、その後の異議申立てに対する決定並びに審査請求に対する裁決によつても更正の理由は十分明らかでなく、これは不服審査制度における争点主義に違反している。
(二) 国税通則法第二四条によると、更正処分は、調査に基づきなされるものであり、かつ、右調査は納税者の生活と営業を不当に妨害することのない適正なものであることを要求されるところ、被告署長は原告に対し不当な調査をなし、かかる不当な調査に基づいて本件更正をした。
(三) 更正処分は適正かつ平等になされねばならないのに、被告署長は、原告が商工会会員である故をもつて、他の納税者とは差別的にかつ商工会の弱体化を企図して、本件更正をした。
(四) 原告の昭和四〇年分の総所得金額は五二〇、〇〇〇円であり、本件更正は原告の所得を過大に認定している。
4 被告局長の審査の手続には、次の違法がある。
(一) 原告は、被告局長に対し、原処分庁である被告署長の弁明書副本の送付方を請求したところ、被告局長は、原処分庁に弁明書の提出を要求していないという理由で、右請求には応じられない旨回答してきた。しかし、被告局長としては、原告の審査請求が期間徒過により不適法な場合であるとか、審査請求を全部容認する場合など特別の事由がある場合以外は、右弁明書の提出を原処分庁に要求すべきであつて、被告局長がこれをしなかつたことは、行政不服審査法(以下、審査法という)第二二条に違反し、かつ、審査手続に最も重要な争点の整理ないし確定を怠ったものといわなければならない。
(二) 更に、原告が昭和四二年二月九日、被告局長に対し本件更正の理由となつた事実を証する書類の閲覧を請求したのに対しても、同局長は、同年三月一五日原告に対し更正決議書、異議申立書、確定申告書の三通のみの閲覧を許可する旨通知したにとどまり、実質的には審査法第三三条に違反して閲覧を拒絶した。
5 被告国は、次の理由により、原告に対して五〇、〇〇〇円の損害賠償をなすべき義務がある。
(一) 原告は昭和四一年一二月八日被告局長に対して審査請求をしたところ、同局長は、これを長期間放置して何らの裁決もしなかつた。そこで原告は昭和四三年二月二一日、同局長を相手方として、大阪地方裁判所に不作為違法確認の訴え(同庁同年(行ウ)第二一三号事件)を提起したところ、同局長は、同年四月一六日になつて、ようやく本件裁決をしたのである。
(二) ところで、昭和四五年法律第八号による改正前の国税通則法第八三条によつて、同局長が裁決をなす場合には、協議団の議決に基づかなければならないことになつており、これは、大量かつ回帰的な課税処分の性質上、第三者の立場から迅速公正な審査をなし、もつて納税者の権利を保護せんとするにある。このような協議団制度の趣旨に照らすと、審査請求につき慎重な審議がなされることが求められるが、その審議に相当な期間は通常六か月、最大限一年で十分である。
しかるに、被告局長は、不当にも一年四か月間も放置したのであるが、前記(一)の経過に照らすと、被告局長は、速やかに裁決をなすべき義務がある(審査法第一条)にも拘らず故意にこれを遅延せしめたばかりか、既に裁決をなしうる状況にありながら、故意に裁決を遷延せしめるという違法を犯したものといわなければならない。
この間被告署長は、本件更正に基づき原告の電話加入権を差押えた。
(三) 原告は、被告局長の裁決遅延という公権力の行使に基づく違法行為により、長期間右財産権の利用を妨害され、かつ、速やかに行政救済を受ける権利を侵害されて、有形・無形の損害を蒙ったが、そのうち無形損害は金銭的に評価すれば、五〇、〇〇〇円を下らない。
したがつて、被告国は原告に対して、国家賠償法第一条第一項に基づき、右損害賠償金五〇、〇〇〇円とこれに対する不法行為後の昭和四三年一一月九日以降支払ずみまで、年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
6 以上の理由により、原告は被告らに対して、それぞれ請求の趣旨記載のとおりの判決を求める。
二、請求原因に対する被告らの答弁
1 請求原因1のうち、原告がその主張のような東住吉商工会および大阪商工団体連合会の会員であることは不知、その余は認める。ただし更正の日は同年七月二五日である。
2 同2は認める。
3 同3は、(一)のうち、更正通知書に原告主張のとおりの理由を記載したことは認めるが、その余は争う。
4 同4は、(二)のうち、原告が書類の閲覧請求をし、これに対し、被告局長が更正及び加算税の賦課決定決議書、異議申立決議書の閲覧を許可する旨通知したことは認めるが、その余は争う。
5 同5の(一)のうち、審査請求を長期間放置したことは争い、その余は認める。
同5の(二)のうち、協議団制度の趣旨および被告署長が電話加入権を差押えたことは認め、その余は争う。
同5の(三)は争う。
三、被告らの主張
(被告署長)
1 所得税法第一五五条第二項により更正の理由附記が要求されているのは、青色申告書の提出承認をうけている者の青色申告に係る年分の所得について更正処分をなす場合に限る。右法条は、青色申告書の提出承認をうけている者に対し、帳簿書類を備付けてこれに所得金額に係る取引を記録し、かつ、その帳簿書類を保存し、更に青色申告書に損益計算書その他所得金額または純損失の金額の計算に関する明細書を添付させるという厳格な義務を課している代償として、特に法律によって与えられている租税優遇措置の一つである。右のような義務が何ら課せられていない原告のごときいわゆる白色申告者の場合まで、しかも法律によつて理由附記が要求されていないにもかかわらず、その所得について更正処分をなした際に更正通知書に更正の理由が記載されなければならないとする法的根拠はない。
2 被告署長は、原告の本件係争年分所得の調査のため部下職員を原告宅に臨場させたのであるが、原告は、帳簿は無い旨申立て、また原始記録の提示についてもこれを拒否した。そこで被告署長は、原告の取引先および取引銀行等の調査結果を基礎に、その所得金額を計算したところ、原告の申告額と相違したので、その調査したところによつて、本件更正およびこれに附帯して過少申告加算税賦課決定をしたのである。
被告署長が不当な調査をした事実はなく、また原告が商工会々員であるからといつて差別したり、商工会の弱体化を企図して本件更正をしたのでもない。
3 原告の本件係争年分の総所得金額およびその内訳は次のとおりであり、その範囲内でなされた本件更正は適法である。
(一) 収入金額 三、五九〇、七八〇円
(収入先)
勝根株式会社 二、〇一四、一〇〇円
丸美衣料株式会社 一、〇二七、五八〇円
島田貞株式会社 三二六、八六〇円
川口株式会社 四二、二四〇円
その他 一八〇、〇〇〇円
(二) 必要経費 二、五六七、九一一円
公租公課 一二、一八〇円
造荷運賃 二四、〇〇〇円
水道光熱費 三五、三五九円
旅費通信費 三九、五四七円
火災保険料 四、七三〇円
修繕費 一、四〇〇円
消耗費 七四、〇六二円
福利厚生費 三〇、〇〇〇円
雑費 七七、七一〇円
減価償却費(ミシン) 一三、〇五〇円
雇人費 一、五六四、四一〇円
地代・家賃 三、一〇〇円
支払利子割引料 七〇、〇〇〇円
外註加工費 四九六、八三六円
減価償却費(建物) 九、〇二七円
専従者控除 一一二、五〇〇円
(三) 総所得金額 一、〇二二、八六九円
(被告局長)
1 審査法第二二条第一項によれば、審査庁が処分庁に対して弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の自由裁量に属する事項であるから、審査庁が弁明書の提出を求めることなくして審査の裁決をしたことをとらえて、裁決取消訴訟の違法理由とすることは失当である。即ち、行政不服審査制度は、行政事件訴訟とは異なり、処分庁の一上級行政庁である審査庁が簡易迅速な手続により国民の権利救済を図るものであり、審査庁において弁明書の提出を求めなくても、その他の資料によつて事案の争点が充分明確に把握でき、裁決をするのに何らの支障がないと判断したような場合には、弁明書の提出を求める必要はなく、したがつて、審査請求人から弁明書副本の送付請求があつても、常に処分庁に対し弁明書の提出を求め、審査請求人にその副本を送付すべき義務はない。
そして、本件のような所得税に関する審査請求の審理は、事案が大量に発生し、かつ当該処分に対する不服内容は概して事実認定の当否にかかわるから、税務行政に関する審協議官が自ら進んで必要な調査を行い、処分関係職員および審査請求人双方から口頭で意見を聴取する方が迅速適正な処理をすることができるので、弁明書の提出を求めなかつたのである。
2 審査法第三三条第二項によれば、審査請求人が閲覧を求めうるのは、処分庁から審査庁に提出された書類その他の物件に限定されているのであり、審査請求人は審査庁に対して処分庁からあらたに書類等の提出を求めることまで請求しうるものではなく、また、処分庁がいかなる書類等を審査庁に提出するかは、処分庁の裁量に委ねられている。そして本件において、被告局長は処分庁である被告署長から被告局長に対して送付されていた書類のすべてについて閲覧を許可しているのである。
なお被告局長は、原告から書類の閲覧請求がなされたので、日時および場所を指定して、これを許可したのであるが、原告は右指定日に閲覧を行わなかったものである。
四、被告らの主張に対する原告の認否および主張
1 被告署長の主張にかかる原告の総所得金額の内訳のうち、(二)の荷造運賃、旅費通信費、減価償却費、外註加工費並びに(三)の各金額を否認し、その余は認める。
2 右に否認した必要経費についての金額は次のとおりである。
(一) 荷造運賃は六八、四〇〇円が計上されるべきである。即ち、原告は兵庫県三原郡南淡町の福良工場および大阪市阿倍野区昭和町の田島工場で縫製加工をしていたのであるが、福良工場から製品を田島工場へ二日に一回の割合で運搬しており、一回につき運賃三〇〇円、荷造用むしろおよびなわ代八〇円を要し、年間一八〇回で六八、四〇〇円の費用を要した。
(二) 被告署長の主張する旅費通信費三九、五四七円は全額電話料であり、そのほかに交通費九三、六〇〇円が計上されるべきである。即ち、原告は五日に一回の割合で大阪市の自宅から右福良工場へ自家用車で行くが、深日と洲本の間のフエリー片道の運賃は六五〇円であるから、年七二回の往復で九三、六〇〇円になる。
(三) 被告署長主張のミシンおよび建物の減価償却費のほかに、軽四輸自動車の減価償却費一一四、〇〇〇円が計上されるべきである。それは、原告が営業用に昭和三八年一〇月代金三八〇、〇〇〇円で購入した軽四輪自動車スズライト一台の減価償却費である。
(四) 外注加工費は被告署長の主張額四九六、八三六円のほかに三〇〇、〇〇〇円が計上されるべきである。即ち、原告は勝根株式会社から上下服の縫製加工を依頼された場合、ズボンは全て下請に出していたのであり、本件係争年度に右会社から注文を受けた上下服の加工賃は一、五〇〇、〇〇〇円であって、その二割に当る三〇〇、〇〇〇円をズボンの加工賃として原告は下請先に支払ったのである。
第三、証拠
一、原告
1 甲第一号証の一、二を提出
2 証人井上卓の証言、原告本人尋問の結果を援用
3 乙第五ないし第八号証の成立は認め、その余の乙号各証の成立は不知。
二、被告ら
1 乙第一ないし第一〇号証を提出
2 証人船越新右衛門、同朝倉正雄の各証言を援用
3 甲号各証の成立は認める。
理由
一、請求原因1のうち原告がその主張のような東住吉商工会および大阪商工団体連合会の会員であることおよび更正の日を除くその余の事実並びに2については、当事者間に争いがない。
二、被告阿倍野税務署長に対する請求について
1 まず、本件更正の手続上の瑕疵につき原告の指摘する点を順次検討する。
(一) 本件更正通知書には、理由として、国税通則法第二四条の規定により更正するとのみ記載されていたことおよび原告が白色申告書によって本件係争年分所得税の確定申告をしたことは当事者間に争いがない。
ところで、所得税法第一五四条第二項は、更正により課税標準および税額等がいかに変動したかを明瞭にするため、更正通知書に国税通則法第二八条第二項各号所定の事項を記載するほか、更正にかかる総所得金額等の所得別の内訳を附記すべきものとし、青色申告に対する更正については、これに加えて所得税法第一五五条第二項が、その更正の理由をも附記すべきものとしているが、白色申告については、納税者に青色申告者のごとく記帳およびその保存を義務づけていないと同時に、これに対する更正の場合に右のような理由附記をなすべき旨の規定もないから、更正の理由を知りうることが納税者にとつて望ましいことであるとしても、その記載がないことをもつて当該更正処分を違法とすることはできない。
(二) 被告署長が不当な調査をなし、また商工会の弱体化を企図して差別的に本件更正をしたとの点については、本件全証拠によっても、これを窺うことができない。
2 次に、原告の本件係争年分の総所得金額について判断する。
(一) 収入金額および荷造運賃、旅費通信費、減価償却費、外註加工費を除くその余の必要経費がいずれも被告署長の主張額であることは当事者間に争いがないので、必要経費中、右にあげた各費目がいくらであるかを検討する。
(二) 荷造運賃について
原告本人尋問の結果によれば、原告は本件係争年度に兵庫県三原郡南淡町福良所在の工場でも縫製作業をしていたので、四日か五日に一回の割合で、従つて、せいぜい一か月間に七回程度、右工場での製品を大阪市阿倍野区昭和町二丁目二八番地の原告の居宅兼作業場まで貨物便で送つていたことが認められる。そして、その際に要した運賃および荷造用資材の費用については的確な資料がないが、原告が主張する一回についての費用三八〇円は、運送の距離等からみて、不当に高額であるとは解されない。そうすると、一年間の荷造運賃として三一、九二〇円が計上されることになる。
(三) 旅費通信費について
成立に争いがない乙第六および第八号証、並びに原告本人尋問の結果によると、被告署長主張の旅費通信費三九、五四七円はもっぱら通信費(電話料金)であつて、旅費は含まれていないことが認められる。
原告は、自家用車で前記自宅から福良の工場に行くため五日に一回の割合で深日・洲本間をフエリーに乗船し、その費用が片道六五〇円であつたので、一年間で九三、六〇〇円の交通費を要したと主張する。前掲乙第六号証、成立に争いがない乙第八号証、証人船越新右衛門の証言および弁論の全趣旨によれば、原告が被告署長に提出した損益計算書にも、被告局長に提出した経費表にも、交通費ないし旅費についての記載はなかつたことが認められるけれども、福良にも原告の工場があつたことは前叙のとおりであつて、原告がその監督等をしなければならなかつたであろうことは推測にかたくないから、右主張事実を虚構であると断ずることはできない。かえつて原告本人尋問の結果によれば、原告はかなり頻繁に大阪・福良間を往復していたこと、右フエリーの料金は片道六五〇円であつたことが認められる。そうすると、結局原告の主張する交通費九三、六〇〇円の計上を認めるほかはない。従つて、旅費通信費の総額は一三三、一四七円である。
(四) 減価償却費について
建物および事業用ミシンの減価償却費については当事者間に争いがない。原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によると、原告は軽自動車を所有し、これを事業の用に供していたこと、右軽自動車は昭和三八年一〇月頃三八〇、〇〇〇円で購入したものであることが認められる。
そして、減価償却資産の耐用年数等に関する省令(昭和四〇年大蔵省令第一五号)によれば、事業用軽自動車の耐用年数は三年、残存割合は一〇〇分の一〇であるから、定額法により右軽自動車の減価償却費を算出すると一一四、〇〇〇円となる。従つて、減価償却費の総額は一三六、〇七七円である。
(五) 外註加工費について
成立に争いがない甲第一号証の一、証人朝倉正雄の証言により真正に成立したものと認められる乙第九、第一〇号証、証人井上卓、同朝倉正雄の各証言および原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、取引先である勝根株式会社から縫製加工の注文を受けて同会社に上衣、ブレザーなどズボンを伴わない製品(以下、上着という)と、スーツ、上下服などズボンを伴う製品(以下、上下一揃という)の両方を納品していたこと、原告は、もともと上着専門の縫製加工業者であつたので、右会社から上下一揃の縫製加工の注文を受けたときは、そのうちズボンについては原告方で裁断したうえ、特別注文品を除き、その縫製加工をすべてズボン専門の業者に下請に出していたこと、この場合、原告がズボン下請業者に支払う加工賃は、原告が勝根株式会社から支払を受ける上下一揃の加工賃の約二〇パーセントであつたこと、原告が被告署長に提出した損益計算書に記載された外註加工費(被告署長主張金額)はもつぱら上着および右特別注文品についての外註加工費であつて、原告がズボン専門の業者に支払つた外註加工費は含まれていないこと、以上の事実が認められる。
次に、本件係争年度に勝根株式会社から二、〇一四、一〇〇円の加工賃収入があつたことは当事者間に争いがないが、このうち上下一揃の加工賃がいくら含まれていたかについては、これを明らかにする資料がない。ところで、前掲乙第九、第一〇号証によると、勝根株式会社が昭和四一年三月から昭和四二年二月までに原告に支払つた加工賃総額は四、四五七、一〇〇円で、そのうち一、五〇一、五〇〇円(約三三・六パーセント)が上下一揃の加工賃であり、また、昭和四二年三月から昭和四三年二月までに原告に支払った加工賃総額は五、八五一、二〇〇円で、そのうち一、五五五、七〇〇円(約二六・五パーセント)が上下一揃の加工賃であることが認められる。そして原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和三六年頃から昭和四四年頃まで勝根株式会社から縫製加工の注文を受けていたのであるが、同会社への全納品数量に占める上下一揃の割合は各年とも大差がなかつたことが認められる。以上の点を考えると(三三・六パーセントと二六・五パーセントとの差異を原告に有利に解釈しても)、本件係争年度において原告が勝根株式会社から受取る加工賃総額に対する上下一揃の加工賃の割合は四〇パーセント程度とみるのが相当である。そうすると、原告がズボン下請業者に支払う加工賃は一六一、一二八円となる。
2,014,100円×0.4×0.2=161,128円
従つて、外註加工費の総額は六五七、九六四円である。
(六) 以上によれば、原告の本件係争年分の必要経費は、当事者間に争いがない費目の金額に右各費目の金額を加えた二、九四四、五五九円となる。
よつて、前記収入金額から右必要経費を控除すれば、原告の本件係争年分の総所得金額(事業所得)は六四六、二二一円である。
そうすると、被告署長のした本件更正は、原告の総所得金額を過大に認定した違法があり、六四六、二二一円を超える部分は取消しを免れない。
三、被告大阪国税局長に対する請求について
1 証人船越新右衛門の証言によれば、原告が被告局長に対して原処分庁である被告署長の弁明書副本の送付を請求した事実はなかったことが認められるが、それはともかくとして、審査法第二二条は、昭和四五年法律第八号による改正後の国税通則法第九三条とは異なり、審査庁が審査の当否を判断するにあたつて、必ず処分庁から弁明書の提出を求めなければならないとはしていないのであり、その提出を求めるか否かは、事案の争点を明らかにし、これを適正迅速に処理するために弁明書が必要であるかどうかという観点から審査庁が決すべく、その裁量に委ねられていると解される。したがつて、審査庁である被告局長が被告署長から弁明書の提出を求めなかつたことをもつて、直ちに本件裁決の取消事由とすることはできない。また、被告局長が被告署長に弁明書の提出を求めなかつたことから、被告局長が争点の整理を怠つたと即断することもできない。
2 原告が、被告局長に対し本件更正の理由となった事実を証する書類の閲覧を請求したことは、当事者間に争いがなく、証人船越新右衛門の証言および弁論の全趣旨によれば、被告局長は、右閲覧請求に対して、更正および加算税の賦課決定決議書、異議申立決定決議書の閲覧を許可する旨原告に通知したことが認められる。
ところで、審査法第三三条によれば、当該処分の理由となつた事実について、その指定した閲覧日までに処分庁から提出のあつた証拠資料を審査請求人の閲覧に供すれば足りるところ、証人船越新右衛門の証言によれば、被告局長が閲覧を許可した書類は当時被告署長から被告局長のもとに提出されていた書類のすべてであつたことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
したがつて、被告局長の閲覧許可に違法な点はない。
四、被告国に対する請求について
原告が昭和四一年一二月八日、被告局長に対して審査請求をなしたが、同局長が裁決をしないので、昭和四三年二月二一日、同局長を相手に大阪地方裁判所に不作為違法確認の訴え(同庁同年(行ウ)第二一三号事件)を提起したところ、同局長が同年四月一六日裁決をしたこと、被告署長が原告の電話加入権を差押えたことは、当事者間に争いがない。
ところで、審査法第一条第一項は、行政不服審査制度が「迅速な手続による国民の権利利益の救済を図る」ことを目的とするものであることを明らかにしているが、審査請求がなされてから裁決まで一年四か月の期間を要したというだけで、直ちに、同条に違反し、その結果被告局長の所為が違法であると速断することはできない。被告局長において、既に裁決をなしうる状況にあるのにことさら裁決を遅らせたり、あるいは、いたずらに事件の処理を放置し、そのために、前記制度の趣旨が損われる程度に著しく裁決の遅延をみるような場合には、被告局長の措置は、行政不服審査制度を設けた趣旨に反するものとして、違法となることがあると解すべきであるけれども、本件全証拠によつても、そのような事実は認めがたいから、被告局長の所為を違法とすることはできない。
五、以上の事実によれば、原告の本訴請求は、被告署長に対し本件更正のうち総所得金額六四六、二二一円を超える部分の取消を求める限度で理由があるから認容し、同被告に対するその余の請求および被告局長、同国に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石川恭 裁判官 増井和男 裁判官 米田絹代)